夫婦なのに、少し寂しいと感じるとき

ふたりの距離を大切にしながら、自分の心も置き去りにしない

「夫は自分のことを話してくれるんです。でも、“君はどう?”と聞かれることがなくて……」

あるクライアントさんから、夫婦の会話についてご相談をいただきました。

それぞれが自分の時間を楽しみながら暮らしているご夫婦。

ご主人は、朝のルーティンなどを細かく話してくださるそうです。

けれど、ひと通り話し終えると、次の話題へ。

「僕はこうだけど、君は?」

そんなひと言が、昔からほとんどないのだそうです。

「私には興味がないのかなって、寂しくなるんです。もう少し、会話のキャッチボールができたらいいのに」

一緒に暮らしていても、心が少し遠く感じる。

その寂しさは、わがままではないと思います。

知ってもらいたい。

自分の話にも、耳を傾けてもらいたい。

大切な相手だからこそ、そう感じるのですよね。

 

質問がないことと、愛情がないことは同じではない

人は、自分の考えや日々のことで頭がいっぱいになると、相手に問いかける余裕を忘れてしまうことがあります。

自分のことを話すのが、その人なりの「一緒に過ごしている」という表現になっている場合もあるでしょう。

ただ、それで寂しさが消えるわけではありません。

相手の性格を理解することと、自分の気持ちを大切にすること。

その両方があっていいのです。

この方は、

「性格なんでしょうね。ふたりの空気を感じながら、自分で納得するしかないのかな。もう慣れました」

とおっしゃっていました。

長い時間をかけて見つけた、その方なりの距離感。

私は、そのお気持ちも大切にしたいと思いました。

でも、慣れているからといって、寂しいと感じてはいけないわけではありません。

「私の話も聞いてほしい」と伝えていい

もし、もう少し話したいと思う日があったら、

「あなたの朝の過ごし方、よくわかったよ。今度は私の話も少し聞いてもらえる?」

そんなふうに、会話の中へ自分の気持ちを置いてみてもいいと思います。

「どうして聞いてくれないの?」という言葉よりも、

「聞いてもらえるとうれしい」

という言葉の方が、相手に届きやすいこともあります。

一度で変わらなくても、すぐに自分の伝え方が悪かったと思わなくて大丈夫。

会話の習慣は、少しずつ育っていくものです。

夫婦の形は、外からだけではわからない

このお話を伺いながら、私は自分の両親を思い出しました。

私の父は、母のことが大好きだったようで、母の行動を細かく気にしていました。

母は、

「ほんと、お父さんったらやきもち焼きなのよ。クラス会にも行っちゃダメだって。もう、おかしいわよね」

と、笑いながら話していました。

子どもの私には、ふたりはとても仲がよく見えていました。

ただ、今振り返ると、母の本当の気持ちは母にしかわからなかったのだと思います。

笑って話していることが、いつも心からの納得とは限らない。

愛情があっても、相手の自由や気持ちを大切にすることは必要です。

夫婦には、当人同士にしかわからない歴史や空気があります。

だからこそ、外から「こうあるべき」と決めつけず、それぞれの心に目を向けたいのです。

 

自分を整えることは、自分の本音に戻ること

私は、心の状態や、言葉にしなくても伝わる雰囲気を「波動」という視点でも捉えています。

疲れや寂しさが重なると、何気ないひと言が、いつも以上に痛く感じることがあります。

そんなときは、少し自分の時間を持ってみる。

好きな音楽を聴く。

外の空気を吸う。

安心できる人に、気持ちを聞いてもらう。

心に余裕が戻ると、

「私は、本当はどうしてほしかったんだろう」

という気持ちに気づきやすくなります。

その気づきから、言葉の選び方や距離の取り方が変わり、ふたりの空気が少しずつ変わることもあります。

けれど、自分を整えれば必ず相手が変わる、ということではありません。

相手が変わらないことを、自分の波動のせいにしなくていいのです。

自分を整える時間は、まず、あなた自身が心地よく生きるためのものです。

夫婦でも、すべてをわかり合えない日があります。

それぞれの時間を楽しむことも、聞いてほしいと伝えることも、少し距離を取ることもあっていい。

「慣れたから大丈夫」の奥に、小さな寂しさがあるのなら、その気持ちにも優しく耳を傾けてあげてください。

相手を大切にするように、あなたの心も大切にしていいのです。

ひとりでは気持ちをほどけないときは、安心して話せる場所を頼ってくださいね。